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ページ番号:1580

掲載開始日:2015年3月23日更新日:2015年3月23日

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明治時代

明治時代

明治維新の後、調布をふくむ周辺の地域は品川県、入間県、神奈川県になるなど目まぐるしく変わり、東京府にぞくするようになったのは、明治26(1893)年のことでした。
この間、明治22(1889)年には、調布町と神代村が生まれました。
明治8(1875)年には深大寺村名主、富沢松之助(とみざわまつのすけ)が自分の財産を使って深大寺用水を完成させました。砂川(すながわ)用水から梶野(かじの)新田までの14キロメートル、さらに野崎(のざき)までの5.7キロメートルにおよぶ水路のかいしゅうと市内13キロメートルをほり広げたこの用水は、昭和27(1952)年ころまで大切にり用されました。
また教育にも力が注がれ、明治5から7(1872から1874)年には涵養学舎(かんようがくしゃ)、弘道学舎(こうどうがくしゃ)、育英学舎(いくえいがくしゃ)、開心学舎(かいしんがくしゃ)、含翠学舎(がんすいがくしゃ)が開校しました。