調和小学校シックハウス症候群医学調査報告(抜粋) 報告日 2003年1月23日 報告者・医学考察 NPO・シックハウスを考える会 医師 笹川征雄 統計処理分析 大阪大学大学院国際公共政策研究所 助教授 松繁寿和 調査実施機関 NPO・シックハウスを考える会 理事長 上原裕之 (重要注意事項)このレポートは著作権法により、シックハウス症候群診断用問診票(2種)を含めて、分析手法、引用、複写、配布など許可なく使用することを禁止する。 医学調査内容 (1)医学調査票2種 (2)医師検診、検診所見記入票1種 検診医師 内科:2名 眼科:2名 耳鼻科:2名 皮膚科:1名 測定調査 トルエン 第1回測定 2002年7月21日 トルエン濃度平均値 0.96ppm(ガイドライン 0.07ppm) 第2回測定    8月17日 トルエン濃度平均値 0.29ppm 第3回測定    10月26日 トルエン濃度平均値 0.002ppm 1,シックハウス症候群健康調査 2002年10月下旬 (1)シックハウス症候群診断用問診票(保護者記入用) (2)粘膜・皮膚症状についての詳細調査(保護者記入用) 2,医師検診調査 2002年10月30日、31日 検診医7名:内科医2名、眼科医2名、耳鼻科医2名、皮膚科医1名 3,調査対象児童 総計400名 6歳30名、7歳65名、8歳69名、9歳52名、10歳70名、11歳62名、12歳52名 4,粘膜・皮膚詳細調査票 5,結果 5-1,検診結果 内科 喘息症状では、軽度13名3.10%、ぜい音症状では、軽度5名1.19%である。胸部上ラ音症状の該当者はいなかった。 眼科 眼瞼結膜充血症状では、中程度2名0.47%、軽度38名9.00%、眼球結膜充血症状では、中程度2名0.48%、軽度27名6.44%である。眼球結膜乾燥症状の該当者はいなかった。 耳鼻科 鼻粘膜充血症状では、中程度11名2.66%、軽度11名2.66%、鼻粘膜乾燥症状では、中程度7名1.69%、軽度9名2.17%、咽頭充血症状では、中程度8名1.93%、軽度9名2.17%であった。 6,考察 6-1,アレルギー疾患の有病率 アトピー性皮膚炎、喘息、花粉症、アレルギー性結膜炎は アトピー疾患といわれ、ここ十数年、日本だけでなく世界的に増加している。アレルギー疾患を持つ学童はシックハウス症候群のハイリスクグループと考えられるので、まず、喘息とアトピー性皮膚炎を中心に考察する。 喘息の有病率は全国平均で4%、小児喘息では平均15%というデータが知られているが、今回問診票調査では、喘息症状があると回答したのは55人13.75%であったことから、保護者記入問診票から得られたデータではあるが、全国平均値と比較して有病率に大きな差はなかったと思われる。内科検診時に軽度の喘息症状の所見があった児童は13名3.10%、ぜい音については、軽度5名1.19%であった。 アトピー性皮膚炎の有病率は、7-13歳:13%(京都)、13-14歳:10.5%(福岡)、13-14歳:15.6%(ストックホルム)、13-14歳:4.6%(ソウル)などが知られているが、今回調査ではアトピー性皮膚炎があると回答したのは68名17.17%であった。しかし、皮膚科検診では、軽度以上のアトピー性皮膚炎は165名40.24%、中等症以上では、2年生20%、4年生34%であったことから、一般的な有病率のデータに比べると高いと考えられる。アトピー性皮膚炎の症状を悪化させる増悪因子は、食生活、ダニ、カビ、ストレス、季節、環境など様々な要因(多因子)が複雑に絡んでおり、今回有病率が高かった理由については、安易に特定することはできない。 アレルギー性鼻炎の我が国の有病率は15% 、12-14歳の中学生では26%というデータがある。今回、アレルギー性鼻炎の有無についての設問はしていないが、シックハウス症候群の特徴であり、アレルギー性鼻炎の症状でもある、鼻水についての設問では、鼻水がよくでると回答したのは153名、38.35%であった。耳鼻科検診では、鼻粘膜充血は中程度11名、2.66%、軽度11名2.66%で、軽度以上は22名5.32%である。 6-2,シックハウス症候群に現れやすい症状の考察 ホルムアルデヒドや、今回問題となったトルエンなど揮発性有機化合物(VOCs)によく現れる症状は、(1)粘膜刺激症状: 眼、鼻、 口腔、咽喉、気道(咳)、(2)粘膜・皮膚乾燥感、(3)皮膚症状(露出部位の皮膚炎、アトピー性皮膚炎の誘発、悪化)、(4)精神・神経症状(頭痛、倦怠感)などである。 問診票の集計で症状があると回答があったのは、咳症状90名22.5%、のどの痛み61名15.29%、のどの乾燥感61名15.56%、目ヤニが出る35名8.84%、目の充血49名12.41% 目の刺激感55名13.89%、目の痒み104名26.26%、まぶたが赤くなったりはれたりする31名7.81%、目が乾燥する21名5.34%、鼻がひりひりする・痛がる23名5.79%、鼻水がよくでる153名38.35%、鼻血が出やすい70名17.59%、皮膚をかゆがる122名30.65%、アトピー性皮膚炎68名17.17%、じんましん24名6.33%、頭痛81名20.51%、倦怠感(しんどがる)66名16.67%であった。 眼科検診医師より「目の痒み」について、ブタクサなどによるアレルギーが発生する季節であるが、季節的な要因と関係あるのかどうか。また、問診票では眼の刺激症状を訴える率が多いという印象を受けたが、10月31日の検診時にはそれらの症状に該当する理学的所見は強くなかったとのコメントであった。 内科検診医師よりは、シックハウス症候群とホルムアルデヒドの今後の動向について関心を寄せ、校医として児童の健康管理に当たりたいとのコメントが寄せられた。 上記のデータについて比較検討するデータが少ないという制約での考察であるが、今までの経験から上記粘膜症状に関するデータを総合すれば、2学期登校時の症状はシックハウス症候群の発生を考慮すべきものと考える。 6-3,在校と症状についての考察 シックハウス症候群の診断で重要なポイントは、診断基準(笹川 2001)から、(Ⅰ)健康障害発生の確認、(Ⅱ)建築物・在室と症状の相関性の確認、(Ⅲ)室内空気汚染の確認、の3項目を満たすことが必要である。とくに重要なことは、(Ⅱ)汚染された家・室内より離れると症状は軽減、消失し、再びその家に戻ると症状が再現することである。 2学期が始まってからの症状ついては、「健康障害発生の確認」、登校時、下校時の症状の動きについては、「建築物・在室と症状の相関性の確認」に該当する。 6-4,「健康障害発生の確認」(2学期が始まってからの症状) 「初めてでた、以前からの症状が悪化した」項目の合計人数と検診対象者(400名)における比率(合計人数/400名)は、喘息5.25%(21/400)、咳12.75%、のどの痛み16.40%、のどの乾燥10.75%、目ヤニ3%、目の充血8.5%、目の刺激感12%、目の痒み14.5%、まぶたが赤くなったり・はれたりする4.75%、目が乾燥する4%、鼻がひりひりする・痛がる4.5%、鼻水がよくでる18.75%、鼻血が出やすい6.5%、皮膚をかゆがる13.5%、アトピー性皮膚炎8.5%、じんましん3.25%、頭痛15%、倦怠感(しんどがる)11%であった。 一方、医師検診における学年別発症率を高い順に列挙すれば、1年、4年、3年、5年、2年、6年であった。化学物質が測定された各学年1組における粘膜症状の多かった3学年は、眼科所見では、眼瞼結膜充血:2年(14.3%)、5年(9.1)、1年(7.9)、眼球結膜充血:5年(9.1)、2年(8.6)、1年(5.3)の順位であった。耳鼻科所見では、鼻粘膜充血:4年(12.9)、5年(12.1)、3年(6.3)、鼻粘膜乾燥: 4年(12.9)、5年(9.1)、2年(5.7)、咽喉充血:4年(12.9)、5年(9.1)、2年(5.7)であった。保護者問診票データから、粘膜症状が2つ以上あった児童数を学年別に集計して高い順位に列挙すると、5年(9名)、2年(5名)、1年、4年、6年(各4名)、3年(2名)であった それらを表1にまとめたが、検診所見の内、粘膜症状5項目の学年別割合は上位から、5年5/5(100%)、2年4/5(80%)、4年3/5(60%)、1年2/5(40%)、3年1/5(20%)であった。 新学期登校によるストレス、季節的変動、シックハウス環境(可能性)など様々な心因的要素、環境要因の影響を受けて児童は多彩な症状を訴えているが、シックハウス症候群に現れやすい症状の考察で示したように、シックハウス症候群発生の可能性を考慮するべきであると考える。 6-5,「建築物・在室と症状の相関性の確認」(登校時の症状と下校時の症状の動き) 登校時の症状と下校時の症状の動きについて再現性(一致率)を評価するために、再現指数(登校時の症状悪化/下校時の症状軽快)を考案して評価した。 喘息7.00、咳1.29、のどの痛み1.71、のどの乾燥感1.05、目ヤニ0.00、目の充血2.00、 目の刺激感1.16、目の痒み1.45、まぶたが赤くなったりはれたりする0.00、目が乾燥する 1.00、鼻がひりひりする・痛がる2.25、鼻水がよくでる3.10、鼻血が出やすい3.00、皮膚 をかゆがる2.75、アトピー性皮膚炎の症状4.00、じんましん3.00、頭痛1.54、倦怠感(し んどがる)1.64となった。 再現指数が1に近づくほど、登校時に症状が悪化し、下校時に症状が軽快するという、シックハウス症候群の症状の特徴がでていると考えられるが、各臓器により反応特異性があり、反応までにタイムラグがあることを考慮しなければならない。 再現指数の高い順位は、目が乾燥する1.00、のどの乾燥感1.05、目の刺激感1.16、咳1.29、目の痒み1.45など、シックハウス症候群に高頻度に現れる粘膜症状が上位を占めている。逆に、ホルムアルデヒド、トルエンなどの刺激物質に接触してから発症までにタイムラグがあると考えられる皮膚疾患の再現指数は、アトピー性皮膚炎の症状4.00、皮膚をかゆがる2.75、じんましん3.00、と1より大きかった。 6-6,「室内空気汚染の確認」(各学年1組教室の測定) 第1回室内空気質測定が7月21日に実施され、教室におけるトルエン濃度が、平均で0.96ppm(ガイドラインの14倍)、最高2.66ppm(ガイドラインの38倍)という極めて高い濃度のトルエンが検出された。第2回測定は、9月2日の新学期登校時に近い8月17日に実施されたが、平均0.29ppm(ガイドラインの4倍)、最高0.61ppm(ガイドラインの9倍)と7月21日より低減したが、依然として高値の状態であった。 登校開始日(9月2日)に最も近い、第2回測定(8月17日)の学年別教室(各1組の教室)のトルエン濃度を高い順に列挙すれば、2年(0.61ppm)、1年(0.53ppm)、4年(0.29ppm)、3年(0.27ppm)、5年(0.25ppm)、6年(0.21ppm)である。ホルムアルデヒドについては、5年(0.09ppm)、1年(0.08ppm)、4年(0.08ppm)、6年(0.08ppm)、3年(0.07ppm)、2年(0.06ppm)である。測定結果からトルエン濃度第1位は2年生、ホルムアルデヒド濃度第1位は5年生である。また、トルエン、ホルムアルデヒドの両方に順位の高かった学年は1年生で両化学物質とも第2位であった。 第3回測定は10月26日に実施され、平均0.002ppmとガイドライン以下になったが、9月2日の新学期登校時には、ガイドラインを数倍上回る、トルエンによる室内空気汚染があったことは容易に考えられる。 7,今後の対策 今後の対策として、ホルムアルデヒド、トルエンなどの室内揮発性有機化合物の濃度は、温度、湿度により大きく変動することから、今後、ホルムアルデヒド、トルエン、揮発性有機化合物について定期的な測定検査を実施するべきであると考える。今回の報告は、極めて高いトルエンに焦点を当てているが、今後重要であるのはホルムアルデヒドである。ホルムアルデヒドは残留性が高く、毎年長期にわたって、室温、湿度が高くなる6月頃、あるいは冬期の暖房時には室内ホルムアルデヒド濃度が上昇することが十分に考えられる。 今回の10月26日最終測定(室温:24℃、湿度:54%)で、最もホルムアルデヒド濃度が高かった保健室、プレイルームは、両室ともにガイドライン以下の0.03ppmであるが、換算式により換算すると、夏期の室温35℃、湿度70%の場合、ホルムアルデヒド濃度は、0.089ppmになり、室温34℃、湿度70%では、0.081ppmとガイドラインを上回ることになるので、今後、ホルムアルデヒド、トルエン、主要な揮発性有機化合物(VOCs)について、定期的な測定が必要である。また、児童の健康状態については、随時、学校医や医療機関の診察を受けることが必要であることはいうまでもない。 8,まとめ 学校におけるシックハウス症候群に関するデータの蓄積はまだほとんどなく、コントロール群のデータを蓄積することが今後の重要課題ではあるが、今回得られたデータをどのように評価するのかという比較検討するデータが少ない状況で、断定的な判断ができないのが現状である。しかし、今回のケースは、シックハウス症候群の定義と診断基準(笹川 2001)に示されているように、(Ⅰ)健康障害発生の確認、(Ⅱ)建築物・在室と症状の相関性の確認、(Ⅲ)室内空気汚染の確認、について各項目を満たしており、シックハウス症候群の発生の可能性は極めて高いと考えられる。 ただ、10月26日に実施された、第3回測定では、教室内のホルムアルデヒド、トルエンは、ガイドラインを下回っており、現時点におけるシックハウス症候群の可能性は低下したと考えられる。厚労省のガイドラインは健康な成人を対象にした指針値であって、環境に弱い子供や、環境に敏感なアレルギー疾患の患者にとって安全な数値ではないと理解することが必要である。赤ちゃん、子ども、アレルギー疾患の人、高齢者、病人、女性は、シックハウス症候群の影響を受けやすいと考えられるので、弱者のためのガイドラインが早く確立されることが望まれる。 謝意 今回の調和小学校におけるシックハウス症候群の調査に際して、保護者、保護者会、検診医師、調和小学校、調布市教育委員会、関係者各位のご協力を得たことに感謝いたします。今回の貴重なケースを、シックスクール発生対策や学会発表を通して、シックハウス症候群(シックスクール症候群)の解明に役立てるようにしたいと考えます。