(4月25日発表)実篤記念館 春の特別展「美の宝庫」

2014年4月25日 登録

油井コレクションにみる実篤作品

会期

平成26年4月26日(土曜日)から6月8日(日曜日)
(注)会期中、展示替えあり(前期 4月26日から5月18日、後期 5月20日から6月8日)

主な出品作品

達磨 武者小路実篤 1955年 佐久市立近代美術館蔵の画像  この道より 武者小路実篤 1955年 佐久市立近代美術館蔵の画像  「無尽蔵」 武者小路実篤 1955-65年 個人蔵の画像の画像

(左から1、2、3)

  1. 達磨 武者小路実篤 1955年 佐久市立近代美術館蔵
    達磨の絵に添えられたこの画讃が、商売で大きな失敗をした油井氏を強く励ました。
     
  2. この道より 武者小路実篤 1955年 佐久市立近代美術館蔵
    この画讃により、油井氏は迷わず画商として生きよとの暗示を与えられたように感じたという。
      
  3. 「無尽蔵」 武者小路実篤 1955-65年 個人蔵
    油井氏が最後まで手元に残し、自宅の長押に飾られていたもの。

このほかにも、写真提供が可能です。

展覧会概要

画商として、また「美術年鑑」の主宰者として知られる故・油井一二(ゆい・いちじ)氏は、40歳代の初め頃に武者小路実篤と出会い、後に自伝に「武者小路先生とのお近づきを得る以前の私は、いわば心眼が開けていなかったのだと思う。」と記すほど、実篤との出会いは重要なものとなりました。

例えば、商売で大きな失敗をした油井氏に、頼まれるともなく実篤が筆をとり、達磨の絵に添えた「…七を七十倍した程倒れても なほ汝は 起き上らねばならぬ」の言葉。また、迷わず画商として生きよという暗示を与えられたように感じたという「この道より 我を生かす道なし この道を歩く」。こうした実篤の絵に添えられた画讃の数々は、氏を強く励ましました。

画商としての氏の信念は、絵を売ることとは作家並びにその作品に惚れ込むことで、同時に自分を売ることであり、実篤の絵を扱うときが一番力こぶが入ったといいます。

一方で油井氏は、半生をかけて蒐集した美術品を収蔵する美術館の設立も念願していました。機運が熟し、昭和58(1983)年、油井一二コレクションを母胎として佐久市立近代美術館開館の運びとなります。最初に寄贈された日本画280 点のうち、実篤作品は43点と群を抜いており、氏にとって実篤の存在の大きさを物語ります。画商として500点以上の実篤作品を扱ったといいますが、手放せないでいた作品の大半が同館に寄贈されました。

油井コレクションは、実篤作品としては珍しく絵絹に描かれた作品群となっていますが、これは、最初は渋り気味だったという実篤が、紙では持ち歩く際にシワがよるなどして傷めてしまいやすいので絹にという、油井氏の画商ならではの要請に応じたものといいます。氏に信頼を寄せていたことを示すエピソードの一つと言えるでしょう。

また、昭和51(1976)年4月9日に亡くなった実篤の、まとまった文章としてはほぼ絶筆に近いと思われるものが、佐久市の美術館建設に先立って刊行された、油井コレクションの全容を示す「美の宝庫」(昭和51年8月刊行)に寄せた油井氏へのエールであったことも、2人の交流を象徴するかのようで興味深いことです。

本展覧会では、単なる画商と画家、買い手と描き手といった関係にとどまらない、油井氏と実篤の交流に焦点をあてながら、佐久市立近代美術館と株式会社美術年鑑社のご協力のもと、氏にとって思い入れの深い実篤作品をご紹介します。当館において油井コレクションは初めての展示となります

問合せ

一般財団法人調布市武者小路実篤記念館 
電話 03-3326-0648

このページに関するお問い合わせ

行政経営部 広報課
電話番号:042-481-7301・7302
ファクス番号:042-489-6411
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