(4月11日発表)深大寺釈迦如来倚像厨子を市の有形文化財に指定

2016年4月13日 登録

深大寺釈迦如来倚像厨子及び関連仏具一式の写真

正倉院宝物の模造で知られる漆芸家・吉田包春が制作

包春作品が文化財に指定されたのは全国初

深大寺の白鳳仏として親しまれている銅造釈迦如来倚像(国重要文化財)は、明治42年に元三大師堂の本尊須弥壇下から発見され、大正2年に旧国宝に指定されました。

大正4年に深大寺82世堯文によって厨子が新調され、白鳳仏はこれに納められていました。
その後、深大寺と交流のあった江戸料理の老舗料亭「八百善」の八代目栗山善四郎らから新しい厨子の寄進の申し出があり、日本画の大家安田靭彦の企画により、奈良の漆芸家吉田包春によって制作された木造漆塗りの春日厨子が、昭和7年3月13日に奉献されました。

吉田包春(明治11年から昭和24年まで)は、奈良塗師・吉田陽哉の三男として奈良に生まれました。
幼少から技量に優れ、蒔絵の小川松民・保井抱中、大和絵の吉川霊華・小堀鞆音らについて学び、兄・立斎の「温古社」で研磨を積むとともに、明治35から36年までには師・保井抱中のもと皇居桐之間の「桐花蒔絵大書棚」、宮内省御用の「牡丹唐草卓子」を制作し、技術の高さを発揮しました。
昭和3年、50歳のときに宮内省から正倉院宝物の模造を命じられ、兄の立斎・久斎とともに正倉院宝物の修理・模造に携わりました。
この作業を通じ包春は、正倉院宝物の魅力にとりつかれ、密陀絵盆の復元制作や撥鏤技法の研究にも多大な業績を残すとともに、漆芸と他の芸術との関わりを志向し、多彩な模造制作や創作活動を続け、精巧で優美な作品を数多く残しました。

これまで包春は、とかく天平時代の模造作家としての評価しか与えられてきませんでしたが、包春が目指したのは天平芸術をも凌駕する新しい漆芸の世界でした。
本厨子は京都浄瑠璃寺の吉祥天立像厨子(鎌倉時代)をモデルに制作されたと考えられますが、包春は正倉院宝物の修復や模造を通して得た天平時代の密陀絵、末金鏤、彩色画などを復元、継承しつつ、他に類例をみない完成された優れた工芸作品として本厨子を制作しています。
包春の優れた作品群の中でも本厨子は、その意匠・技法・総合性のいずれの面でも高い芸術性を示し、しかも重要文化財の白鳳仏を安置するにふさわしい峻厳さを備えた格調の高い作品として制作されており、包春の代表作と言えるものです。 

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