(10月7日発表)オペラ「細川ガラシア」調布で公演

2016年10月11日 登録

チマッティ神父が作った最初の日本語オペラを初めて忠実に再現(全3幕)

チマッティ神父が調布の地で作ったオペラ「細川ガラシア」(全3幕オリジナル)を初めて調布で公演します。日本的な旋律に乗せて細川ガラシアの生涯を描きます。

日時

平成28年10月15日(土曜日)午後3時30分開場 午後4時開演

場所

調布市グリーンホール大ホール

問い合わせ

サレジオ神学院 チマッティ資料館

電話番号042-482-3117

オペラ「細川ガラシア」とは

1940年の「細川ガラシア」

オペラ「細川ガラシア」は、2幕5場12曲の形で、1940年1月24日と25日に東京「日比谷公会堂」で上演され、同年5月18、19、20日に大阪の「朝日会館」で上演された。脚本は、冠九三氏と高木次郎氏がヘルマン・ホイヴェルス氏の5幕の歌舞伎演劇を2幕に縮小し、チマッティ神父はそれを作曲したもの。
オーケストレーションと指揮は山本直忠氏(山本直純の父)がそれを担当し、歌舞伎座の市川猿之助の全面的協力により片岡右衛門が出演し、洋楽側からは今泉威子、藤間清枝、坂東彌三郎、市川光男などは出演した。
大阪の上演の指揮者は朝比奈隆だった。1940年1月31日、師がイタリアに出した手紙には「この作曲は、日本でまだ生まれていないヨーロッパ風のオペラのための下準備といえる。」と書いた。(ホイヴェルス氏の著書「戯曲選集」は1973年中央出版社から出された。)

1960年以降の「細川ガラシア」

戦後1954年から1955年まで、チマッティ神父が調布サレジオ神学院の学長だった時、国民歌劇協会の神宮寺雄三郎氏がその元に通い、その指導の元で師が作り直したオペラの原本を写譜し、現在の3幕のオペラが生まれた。
これは、イタリアと日本音楽を融合した外国人による最初の日本語のオペラである。本人の手紙には、「3年間、時間にとらわれず自由に楽しみながら書くことができた作品です。」と書かれている。その原本と写譜はチマッティ資料館に保存されている。
1960年5月27、28日、作曲家塚谷晃弘氏のオーケストレーションにより東京の「文京公会堂」で上演されたが、自分の音楽があまり変えられたので、本人は満足しなかったようである。1965年1月23日、同じ形で「読売ホール」で上演されたが、本人は参加できなかった。同年10月6日チマッティ神父は帰天した。1966年5月5日と6日、虎ノ門ホールで上演された。1967年10月6日、東京文京公会堂でも同じように上演された。1989年は、作曲家出田敬三氏のオーケストレーションで1月21日は熊本市で、27日には東京で、上演されたが、脚本を含めて歌も大部分が編曲され、到底チマッティ氏の作曲といえないものだった。

2004年オペラ「細川ガラシア」の上演

2004年、師の生誕125周年にあたり、オリジナルに忠実なオーケストレーションが必要であると判断され、小栗克裕氏に作曲が依頼された。氏による周到な自筆スケッチ、ピアノスコアなどの研究をへて、なるべく原曲の響きを損なうことのないオーケストレーションが行われ、日本語のイントネーションが不自然にならないように補作され、オーケストラ版オペラ「細川ガラシア」が誕生した。2004年10月8日と9日、東京オペラシティコンサートホールで上演された。

2016年オペラ「細川ガラシア」のオリジナル楽譜の出版

2015年10月8日、師の帰天50周年にあたって調布市グリーンホールで行われたコンサート第二部においてオペラ「細川ガラシア」そのハイライトが上演された。
その際、2016年10月15日、オリジナルの形で全曲を上演する新しい企画が決まり、将来のことも考えてオリジナルの完全な楽譜を出版することに踏み切った。この楽譜は、保存されている原本と元の写譜に照らし合わせて、確認された。
今後の上演の基礎版となるように、チマッティ神父の音楽の愛好者に捧げる。

このページに関するお問い合わせ

行政経営部 広報課
電話番号:042-481-7301・7302
ファクス番号:042-489-6411
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